自分を後回しにしてしまう親へ。子どものものは選べるのに、自分の分だけ「これでいい」になるとき

あなたは、自分の分を選ぶときだけ、「これでいいか」で決めてしまうことはありませんか。子どものものなら、あれこれ考えて選べるのに。

食事でも、買い物でも、小さな選び方の中で、自分の分だけ考える前に結論が出ていることがあります。

この記事は、誰かを責める話でも、お金の使い方を勧める話でもなく、ふだんの選び方を振り返るための話です。予算を見て決めることは、ここでいう「これでいい」とは別のものです。その違いを書いたうえで、後半で、お金をかけずにできる小さな試し方を紹介します。

今回は、自分を後回しにしてしまうときの、ふだんの選び方について考えてみます。

「自分を後回しにしてしまう」とは、比べる前に自分の分が決まっていること

子どものものを選ぶときは、使いやすさや安全性を考えたり、いくつか見比べたりします。ところが、自分の分になると、比べる前に「これでいい」と決まっています。この記事では、そのような状態を、「自分を後回しにしてしまう」と呼ぶことにします。

たとえば、子どもの靴を選ぶ日と、自分の靴を選ぶ日

次の例は架空の場面で、実在する誰かの話ではありません。親の性別を問わずあてはまるように書いています。

ある親が、子どもの靴を買いに行きます。足の幅に合っているか、脱ぎ履きしやすいか、すぐに小さくなりそうか。店員に聞きながら何足も試し履きをして、迷った末に一足を選びます。

その帰り道、自分の靴の底がすり減っていたことを思い出します。けれど、店に戻って選ぶ気にはなりません。「まだ履けるし、どれでも同じだし」。数日後、ネットで最初に目に入った一足を、ほとんど比べずに注文します。

子どもの靴には時間をかけ、自分の靴は数分で決まりました。この違いに、あとから気づく人もいるかもしれません。

ここまでは架空の例でした。靴については、私自身の話もあります。

就職の決まった息子の内定式のために、一緒にスーツと靴を買いに行った時のことです。スーツに合う靴を買うために、はじめはショッピングセンター内のお店を数店舗まわりましたが、”私が”良いと思えるものが見つかりません。そこで繁華街にある路面店へ行くことを提案しました。

若い頃の私は、ビジネスシューズも1足5〜6千円で済ませていました。そんな私も今では、ブランド靴をセール時に1足2万円くらいで購入することが多いです。ただ、その日は、普段行く路面店の近くにある別のブランドのお店に先に行ってみることにしました。息子も興味を持ったためです。そのブランドは以前から私も興味があった地元の靴メーカーです。

そのお店でスタッフのおすすめを聞きながら、いくつか試し履きしました。そのお店には2〜3万円台の靴もあったにもかかわらず、最終的に選んだのは7万円の靴でした。もちろん、息子の就職祝いにという、気持ちの大きくなる状況でもありましたが、普段、自分用としては、きっと選べない靴でした。

病名や診断名ではなく、日常の選び方の話

「自分を後回しにしてしまう」は、病名や診断名ではありません。心理学の用語でもなく、この記事での言い方です。「あなたはこういう人だ」と決めるための言葉ではなく、ふだんの選び方を振り返るための目印として使います。

食事や買い物で、自分の分が後回しになる場面

子どもを優先すること自体は、自然なこと

先に書いておきます。子どもを優先することは、自然なことだと考えます。子どもは、年齢が低いほど自分で食事を用意するのが難しく、体も大きくなるので、必要なものはどんどん変わります。気を配る場面が多くなるのだと思います。

子どもを優先するのをやめよう、という話ではありません。見たいのは、子どもを優先したあとの、自分の分の決まり方です。

食事:子どもの分には気を配り、自分の分はありもので済ませる

子どもの食事は、栄養のバランス、食べやすさ、好き嫌いなどを考えて用意する。一方で、自分の分は、子どもの残りや冷蔵庫にあるもので済ませる。座らずに、立ったまま食べる。「食べられればいい」と思って、特に何も選ばない。

食事は毎日のことなので、自分の分が「これでいい」になる回数も、積み重なるかもしれません。

買い物:子どもの服や道具は選ぶのに、自分の分は先に延ばす

子どもの服や道具は、サイズ、素材、使いやすさを見て選ぶ。自分の服や日用品は、傷んでいても買い替えを先に延ばす。売り場でも手に取らずに通り過ぎる。買うときも、最初に目についたもので済ませる。

自分の分は、急ぐ理由がないので、先に延ばしても困らない場面が多いのかもしれません。先に延ばしても困らないことが、そのまま「これでいい」を続けやすくしている、とも考えられます。

父親にも起きること

こうした場面は、母親だけのものではなく、父親にも同じ形で起こりえます。ひとり親の家庭にも、ふたり親の家庭にも、あてはまる場面があるかもしれません。

相手によって、選ぶ基準が切り替わる

食事や買い物の場面を並べると、一つの共通点が見えてきます。同じ人が、選ぶ相手によって、見ているものを切り替えているように見えることです。ここでいう「基準」は、選ぶときに頭の中で見ているもののことです。

これは、この記事での見方で、誰にでもあてはまるとは言いません。まず、自分の場合を確かめてみてください。

子どものものを選ぶとき、あなたは何を見ていますか

安全かどうか。長く使えるか。喜ぶかどうか。手入れが楽か。値段を一番に見る人もいます。成長が早い服であれば、すぐ着られなくなるので、安く済ませる人もいるでしょう。

何を見るかは人によって違い、どれが正しいという話ではありません。まずは、自分が何を見ているかを、思い浮かべてみてください。

自分のものを選ぶとき、基準が切り替わっていることがある

次に、自分のものを選ぶ場面を思い浮かべてみます。

子どもの分では「長く使えるか」を見ているのに、自分の分では「安ければいい」「とりあえず足りればいい」「何でもいい」になっているとしたら、見ているものが切り替わっているのかもしれません。

もちろん、子どもの分も自分の分も、同じ基準で選んでいる人もいるでしょう。その場合は、切り替わっていないというだけです。自分の分も考えて選んでいる、ということでもあります。

基準が切り替わる理由は、人によって違う

切り替わること自体は、おかしなことではないと考えます。理由は、人によって違うはずです。時間がない、お金に余裕がない、疲れている、家の中での自分の役割がある。そのうちのどれかかもしれませんし、いくつかが重なっているかもしれません。あるいは、本人にも理由がよく分からないのかもしれません。

理由を一つに決めたり、原因を探したりはしません。見るのは、「今、自分の分はどう決まっているか」だけです。

「子どものためにも」とは言わない理由

「自分を大切にすることは、子どものためにもなる」と書きたくなるところです。ただ、そう考えると、自分の分を選ぶ理由まで、子どもが基準になります。ここでは、子どもの役に立つかどうかとは関係なく、自分の分も、自分の基準で選んでよいと考えます。

予算で決めるのは問題ではなく、気になるのは選ぶ前に「これでいい」と決まっているとき

家計を考えて選ぶのは、選んだ結果

家計を考えて、予算の中で選ぶ。無駄な出費をおさえる。子どもの分を優先して、自分の分は控える。いずれも、問題ではありません。

特に、子どもの教育費や毎日の生活費がかかる時期は、予算を見て選ぶ場面が増えるのだと思います。考えたうえで「今回は予算内で、これにする」と決めたのなら、それは選んだ結果です。

予算で決めることと、自分を後回しにしてしまうことは、別のことだと考えます。

比べる前に、結論が出ているとき

では、何が気になるのか。それは、予算や必要かどうかを見る前に、「自分の分だから、これでいい」と結論が出ているときです。

たとえば、値段を比べてみたら結局一番安いものになった、というのは、選んだ結果です。一方で、比べる前から「どうせ安いものでいい」と決まっていて、比べる気持ちさえ起きないとしたら、それは比べる前に決まっている状態です。

比べる前に決まっていると、自分の分を選ぶ機会そのものが、気づかないうちになくなっているかもしれません。この記事が目を向けたいのは、その点です。悪いことだと言いたいのではなく、あくまで一つの見方です。

お金をかけずに試せる、決める前の「後悔しないか」

ここからは、小さな試し方の提案です。検証された手順ではなく、この記事の提案です。効果や、続けた期間による変化を約束するものではありません。

やること:自分の分を決める前に、「後悔しないか」と考える

やることは一つです。自分の分を決める前に、「これで後悔しないか」と一度だけ考えます。

声に出さなくて大丈夫です。頭の中で考えるだけです。お金も、道具も要りません。毎回でなくてもかまいません。思い出せたときに、一度で十分です。

「後悔しない」の中身は、自分で決める

何を後悔と呼ぶかは、人によって違います。

買ったあとの後悔もあれば、買わなかったあとの後悔もあります。買ったけれど使わなかった。反対に、我慢したら結局不便で、買い直すことになった。どちらを自分にとっての後悔と呼ぶかは、自分で決められます。

「後悔しないか」という言葉がしっくりこないときは、子どもの分で使っている別の問いに置き換えてもかまいません。「安全か」「長く使えるか」「使いやすいか」。子どもの分で自然に使っている問いを、そのまま自分の分に向けてみてください。

考えた結果が「予算内でこれでいい」でもかまわない

結論を変える必要はありません。変わるのは、結論ではなく、考えたかどうかです。考えずに「これでいい」にするのと、考えたうえで「これでいい」にするのは、同じ結論でも別のものです。お金に余裕がない時期でも、考えたうえで予算内のものを選ぶなら、それは自分の分を選んだことになります。

試した日と、結論が変わらなかった日

架空の場面で考えてみます。ある親が、平日の夜に、自分の夕食を決めようとしています。いつもなら、冷蔵庫の残りで済ませるところです。この日は、決める前に「これで後悔しないか」と、頭の中で考えてみます。

少し考えて、出てきた答えは「今日は疲れているから、残りもので十分」でした。結論は、いつもと同じです。それでも、考えずに決まったのではなく、自分で「今日はこれにする」と決めた、という違いがありました。

試して落ち着かない日、続かない日は、やめていい

考えること自体が負担になる日がある

試してみたら、自分の分を考えることが落ち着かなかった。考えるのが面倒だった。かえって気が重くなった。時間がない日や、疲れている日もあるでしょう。そんな日は、やらずに過ごしてかまいません。

続かなかった日があっても、やり直す必要はありません。気が向いた日に、また試せば十分です。

合わないと感じたら、そこでやめてかまいません。理由は探さなくて大丈夫です。この試し方が、今の自分に合わなかっただけです。

生活が保てていないと感じるときは

ここまでは、日常の選び方の話でした。次のような状態は、その範囲を超えています。

  • 食事がとれない日が続いている
  • 眠れない
  • 体調が悪いのに、受診できないでいる

こうした状態が続いているときは、一人で抱え込まないでください。身近な人に話してみる、かかりつけの医師や病院に行く、住んでいる地域の相談窓口を調べてみる。どれか一つからで足ります。

まとめ

ここまでを整理すると、次の3点です。

  • 子どもを優先するのも、予算で選ぶのも、問題ではない
  • 気になるのは、比べる前に「これでいい」と結論が出ているとき
  • 選ぶ前に一度、考えてみる。結論は、変えなくていい

この記事の提案は、自分の分を決める手前に、「これで後悔しないか」を置いてみること、それだけです。

自分を後回しにしてしまうときの、ふだんの選び方についての考察は以上です。

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